なあ、オマエサン。
一昨日、近所の大きな公園に梅の花を見に行った。
花を見に行くというより、その風景のなかを歩きたかった。
満開もいいけど、そうでない風景もまた、それはそれでいい。
この歳になると、自分にも、周囲にもいろいろと動きが出るものだ。
仕方ないことも、仕方ないといい切れないことも。
人生は後半だから、積み上げるのではなく、棚卸しだとよく書いている。
ただ積み上げたくないと意地を張っているのではない。
きちんと向き合った結果、それで生まれるものは、しっかり積み上げたい。
あくまでも、やっきになって積み上げるのはもうやめたという意味だ。
それはもう前半でおしまいにしたいし、自分なりには十分やった。
ここからは、積み上げてきたものを選別し、それを使いながら、あたらしく向き合いたい。
さらにその際には、これまでの自分を大いに「間引き」たい。
積み上げる前半の人生は、あれやこれや、いろいろと考えながら、よく先んじて動いた。
それも、もういい。
ここからは生き方も、考え方も、言動も、大いに間引く。
自分が大切にしている、寄り添いたい領域であっても、いやだからこそ、間引きたい。
昨日、妻の一言があって、そうしたいなと思った。
ありがたい言葉だ。
肩の力を抜いて、この下り坂を、できるだけ軽く、ゆっくり歩きたい。
人生はすでに後半。
自分の終わりも意識して、自分をまっとうしたい。
ありがとう。
